初めてアンコールワットを訪れたのは、8年前の今頃、ちょうど春分の日の前後だった。
まだ漆黒の闇に覆われている5時半。宿の玄関を出ると、バイクタクシーの青年はすでにぼくを待っていた。軽くあいさつを交わすと、彼のバイクのバックシートにまたがった。エンジンを吹かすと、アンコールワットへとハンドルを切った。平原の一本道をひた走る。甘くて心地よい風が全身を打ち、すり抜けていく。闇がわずかに薄れ、夜明けの兆候がかすかに広がり始めていた。
アンコールワットの境内には、すでにたくさんの観光客が集まっていた。ぼくと同じように、ワットの背後から昇る朝日を見に来たのだろう。上空には雲はほとんどない。これから始まるドラマへの期待がいやがおうでも高まる。
黒に支配されていた空が、やがてワイン色に、続いてオレンジ色へと変わっていく。闇に沈んでいたワットの雄姿が、鮮鋭なシルエットとして浮かび上がってくる。
正面の参道に立ち、ワットと向き合った。突然、ワットの背後から、真っ赤な太陽がその姿を現した。不意の出来事に、息をのんだ。
朝日はちょうどアンコールワットの真ん中にそそり立つ中央祠堂の真後ろから顔をのぞかせた。春分の日の前後、太陽が真東から昇るこの時期だからこそ目の当たりにできる光景だった。アンコールワットは、正確に西向きに建てられているからだ。
トウモロコシ型の塔から旅立つように昇っていく太陽は、早くも南国特有の強烈な陽光を投げかけている。朝の白い空気をまとい、荘厳な表情をたたえながら、アンコールワットはその容赦ない照射を沈黙のうちに受け止めていた。