サナアのホテルにて

サナア滞在中は、新市街のホテルにずっと泊まっていた。情緒という点ではやや劣るものの、新市街のほうが食事や移動の面で何かと便利だったし、ぼくが泊まっていたアルナスルホテルは安い上にスタッフも親切で、居心地がとてもよく、動く気にならなかったのだ。ようやく旧市街のホテルに移動したのは、帰国する2日前のことだった。世界遺産に登録されている旧市街には伝統的な高層建物を改装したホテルが何軒かあって、いずれも内装と展望の素晴らしさをウリにしている。その雰囲気を、最後に味わってみようと思ったのだ。

ぼくが向かったのは、旧市街の中心部にあるタージタルハホテル。日本人に人気のホテルであるが、混雑するゴールデンウィークを過ぎていたせいもあり、運良く一番眺めのよい最上階の部屋(601号室)に泊まることができた。

いつもと同じように、ひとしきり旧市街をうろついたのち、ホテルに戻った。同じ旧市街にあるので楽にたどり着けるのがうれしい。が、フロントでキーを受け取ると、急な階段を6階まで上らなくてはならないのは、少々つらい。息切れが激しくなる。サナアは標高二千数百メートルの高地に位置する街。空気が薄いからなおさらつらい。ようやく上りきると、部屋に入る。窓の向こうには、最古の摩天楼が広がっている。この眺望を独占できる喜びは、きつい登りの対価としては十分すぎるほど大きい。

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しばらく眺めを楽しむと、シャワーを浴び、半裸でベッドに横たわった。
開け放した窓から忍び込んでくる風が心地よい。
いつのまにか意識が遠のいていく。

目が覚めると、西の窓がまばゆい。傾いた太陽の光が射し込んでいるのだ。素晴らしい夕景を味わえそうだと期待したのだが、この時期、午前中は気持ちのいい青空が広がるものの、夕方になるといつも雲が湧いてくる。摩天楼を朱色に染めていた太陽は、まもなく雲に隠れてしまった。

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6時半。ちょうど日が沈んだ頃、旧市街のあちこちのミナレットから、礼拝を呼びかけるアザーンが次々と呼応しあうように響き渡る。すぐ近くにそびえるミナレットからも、アザーンがとどろいてくる。大音響だ。ベッドから起きあがる気も起こらないまま、その音の波に飲み込まれていった。

自分は一体どこにいるのだろう。目を閉じたままその調べに包まれていると、それがわからなくなる。摩訶不思議な不安定感と浮遊感。この感覚が、きっとたまらなく好きなんだ。だから旅に出るのかもしれない。そんなことを思いながら、音の波に身を任せ続ける。

いつのまにか、アザーンは終わっていた。目を開けると、部屋の中はすっかり暗くなっていた。夜のとばりがこっそりと降り始めていた。子供たちの声が、涼しさを増した風に乗って窓から飛び込んでくる。暗くなっても遊びをやめる気配はないようだ。

ベッドから起きた。窓の向こうに広がる摩天楼には所々に灯がともっていた。窓に近づくと、下をのぞいてみた。街灯が、狭い路地に朱色の光を投げかけている。そのほのかな光の中を、黒い衣装に身を包んだ女性が、白い衣装にジャンビーアを差した男性が、現れては消えていく。

現実の光景とはとうてい思えなかった。まるで、映画のセットを見下ろしているかのようだ。これは現実の街であり、現実の営みなのだ。いくらそう言い聞かせても、本当にそうなのだろうか、という懐疑の念が消え去らない。

地平線上にうっすらと浮かんでいた茜色も彼方に吸い込まれ、空全体が漆黒に支配されようとしている。

街の灯と星々が、明るさを増していく。

夢と現実の狭間を漂いながら、眼下に広がる光景をぼんやりと眺めていた。ただ、眺めていたいと思った。

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8件のコメント

  1. あづま川
    2007年6月2日

    >Kankoさん
    ありがとうございました。
    ホームページのほうはこのところ放置気味なので、
    気がついたら6年になっていたという感じです^^;
    でも趣味なのだからそれでいいのだと思ってます。
    自分がやる気になったときに満足のいくものをアップしていきたいなあ、と。
    これからもゆるゆるとやっていくのでよろしくお願いしますね。

    返信
  2. Kanko
    2007年6月1日

    1枚目のホテルから眺める写真…
    起きたら、こんな風景が広がっていたらいいのになぁ。
    現実は・・・(笑)
    遅くなりました…
    6周年おめでとうございます。
    何事も続けるというのは、パワーがいりますね。
    あづま川さんの写真は、見ている自分も一緒に旅に出かけた気分に
    させてくれる…そんな写真です。
    そして、もちろん、文章も(^^)
    blogとか、HPとかって、仕事とは違って、その時の思い思いのことを
    素直に綴れるからいいんだと思うんですよね。
    お忙しいでしょうけど、これからも是非続けてくださいね。

    返信
  3. あづま川
    2007年6月1日

    >baikbaikさん
    あのらせん階段はきついですよね。
    塔に幽閉されたようなという感覚はよくわかります。
    ぼくは幸い風邪は引かなかったのですが、高山病らしき
    症状がちらりと出たのがショックでした。
    チベットやラダックに行ったらどうなるのよ、と・・・。

    返信
  4. baikbaik
    2007年5月31日

    遅まきながらお帰りなさいませ。
    6階ということは7階の勘定ですよね。正直いって毎回の登り降りがきつかったです。
    滞在中風邪をこじらせてしまい、部屋で寝込んでいたんですが、ちょうど高い塔に幽閉されてる気分でしたよ。降りるのはともかく登りを考えると外へ出られなかったです。ひどいときは朝食のための一度の上下で力尽きて、その日まるごと寝込んでしまいました。

    返信
  5. あづま川
    2007年5月31日

    >puchioさん
    欲しいですか? では今度お会いしたときにでも。
    ここはよかったです。たしかに近所に知り合いが多すぎるけどね。
    ここのオーナーには、フロント以外でも、毎日カートスークで顔を合わせました。
    そのたびに、おまえもカートを買えと迫られた。
    クールなようでやっぱりイエメン人、カートには熱いなと思いました(笑)
    >soraさん
    ジェットストリーム、もちろん知ってます。
    旅行記を書くときには、あのナレーションに知らず知らず影響されているのかもしれません。
    あの空気感を写真と文章で表現できたら最高だろうなあ、とは思いますね。
    >ヒョウちゃん
    ここは最上階なので、展望は抜群でした。
    屋上にのぼると360度のパノラマを楽しめます。
    最後のカットは手持ちです。1/8秒くらいだったかな。

    返信
  6. ヒョウちゃん
    2007年5月30日

    こういう写真が撮れるというのは、高層ホテルに泊まっているからでもありますね。しかも、現代の建築と対極にあるところだから、窓は開くし、絶好のロケーションですね。
    最後のカットはこちらも三脚でしょうか。
    かなり増感したようによく写っています。
    これでイエメン行きたい人が増えそうですね。

    返信
  7. sora
    2007年5月29日

    記事を読んでいたら城達也のジェットストリームを思い出しました。あづま川さんなら知ってますよね。若い人は知らないと思うけど。
    ~満点の星をいただく、はてしない光の海をゆたかに流れゆく風に心を開けば、きらめく星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。~
    というナレーションを聞くだけで異国の地に立った気分。

    返信
  8. puchio
    2007年5月29日

    この一番下の写真、欲しいですっ!!!素敵ー♪
    やっぱりこのホテルからの眺め、いいですね~。今度こそは泊まってみるか?ここのマネージャーとも結構話したし。問題は、ここに泊まると、周りが知り合いだらけ?かも...と。(笑)しょっちゅう呼び出されそう。(笑)

    返信

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