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8年前のアンコールワット

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初めてアンコールワットを訪れたのは、8年前の今頃、ちょうど春分の日の前後だった。

まだ漆黒の闇に覆われている5時半。宿の玄関を出ると、バイクタクシーの青年はすでにぼくを待っていた。軽くあいさつを交わすと、彼のバイクのバックシートにまたがった。エンジンを吹かすと、アンコールワットへとハンドルを切った。平原の一本道をひた走る。甘くて心地よい風が全身を打ち、すり抜けていく。闇がわずかに薄れ、夜明けの兆候がかすかに広がり始めていた。

アンコールワットの境内には、すでにたくさんの観光客が集まっていた。ぼくと同じように、ワットの背後から昇る朝日を見に来たのだろう。上空には雲はほとんどない。これから始まるドラマへの期待がいやがおうでも高まる。

黒に支配されていた空が、やがてワイン色に、続いてオレンジ色へと変わっていく。闇に沈んでいたワットの雄姿が、鮮鋭なシルエットとして浮かび上がってくる。

正面の参道に立ち、ワットと向き合った。突然、ワットの背後から、真っ赤な太陽がその姿を現した。不意の出来事に、息をのんだ。

朝日はちょうどアンコールワットの真ん中にそそり立つ中央祠堂の真後ろから顔をのぞかせた。春分の日の前後、太陽が真東から昇るこの時期だからこそ目の当たりにできる光景だった。アンコールワットは、正確に西向きに建てられているからだ。

トウモロコシ型の塔から旅立つように昇っていく太陽は、早くも南国特有の強烈な陽光を投げかけている。朝の白い空気をまとい、荘厳な表情をたたえながら、アンコールワットはその容赦ない照射を沈黙のうちに受け止めていた。

リスボン物語とか引っ越しとか

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昨年アマゾンで購入したヴィム・ヴェンダースの『リスボン物語』の復刻版DVDをやっと観ることができた。

古き良きアルファマ。入り組んだ路地。刃物研ぎの素朴な警笛がこだまし、子供たちが元気よく駆け抜け、路面電車とギリギリですれ違う。さらに石段を上れば、突然視界が開け、遙かなるテージョの流れと出会う。汽笛が響き渡る。遠くから洩れてくる女性の歌声。
「リスボンほど”音風景”(soundscape)が豊かな町はない」
おととし来日したときの講演会でヴェンダース自身がそう述べていた印象そのままに、この映画を観ていると、主人公である録音技師を通じてリスボンにただようさまざまな音に魅了され、引き込まれていってしまう。とりわけ、音楽担当として映画にも登場するポルトガルのポップグループ、マドレデウスの歌姫テレーザの美しい声と漆黒の瞳には心を奪われずにはいられない。ファドでないのだけど(グループ自身もそれを否定している)、ポルトガル音楽に詳しくないぼくが聴くとファドの要素を十分に含んでいるように感じられる。
マドレデウスの曲とともに、またリスボンを訪れ、アルファマを心ゆくまでさまよってみたい。そんなことを思わせてくれる映画だった。

『リスボン物語』については、年頭に宣言したとおり別途レビューを書くつもりだけど、つい先日、事情により十年ぶりの引っ越しが決定し、荷物の整理やら諸手続やらで忙しくなるのでかなり先になってしまいそうだ。

引っ越し先については、多摩川か荒川かで悩んでいたのだが、結局、中央線沿線に決めた。多摩川から比較的近いため自転車に乗る機会もぐっと増えそうで、いまからとても楽しみだ。が、引っ越しには諸費用を含めると数十万円もかかってしまうから、すでにジリ貧状態に陥っている。アルファマとて変化と無縁ではない。できるだけ早く再訪しなければとこの映画を観て気持ちが高まったのだが、財布が空の身にはとうぶんは無理そうだ。今日、不動産屋にお金を振り込んだのだが、これだけの金があればリスボンにだって2、3度は行けるのに、と考えてしまうのは旅好きの悲しい性なのだろうか。

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