BLOG

メコンのほとりで

knsg_100105a.jpg
Dong Det, Laos

2010年の初日の出は、メコンのほとりで迎えました。
夜明けには透明な曙光に、朝には心地よい風に、昼下がりにはハンモックの揺れに。
夕方には茜色に染まる空に、夜には満月の光とビアラオの泡に。
そしてそばにはいつも、メコンのゆるやかな流れが。
短い旅でしたが、ラオスのゆるさにたっぷりと包まれてきました。

今年は昨年よりもよい一年になりそうな予感がします。まずは、春先に写真展を開く
計画があります。こちらは、本決まりになったら改めて告知します。旅ボケが治ったら、
その準備を始めようと思ってます。

ブログの方は、今年もゆるゆるとやっていきます。よろしくお願いします。
みなさまにとっても素敵な一年となりますように。

『インド夜想曲』の舞台を追って(2) ヴィクトリア駅

「この肉体の中で、われわれはいったいなにをしているのですか」

僕のそばのベッドで横になる支度をしていた紳士が言った。

          『インド夜想曲』 アントニオ・タブッキ、須賀敦子訳 白水Uブックス

ヨーロッパの他の主要都市と同様、ロンドンの鉄道も方面別にターミナルが分散している。なかでも、イギリス南部方面の列車が発着し、シャーロックホームズシリーズにも登場するヴィクトリア駅には思い出がある。イギリス生活時代にこの駅を何度も利用したからだ。

当時、ドーバー海峡沿いのとある田舎町に滞在していた。その方が英語の勉強に身が入る、というのが理由だったのだが、実際にその町に滞在してみると退屈で仕方なく、週末は頻繁にロンドンまで遊びに出かけることとあいなった。絵に描いたような田園地帯を走り、ガトウィック空港駅を通過し、赤茶色の地味な家並みが密集し始め、やがて、高い天井をいただいたコンコースにゆっくりと滑り込む。ヴィクトリア駅に降り立つたびに込みあげてきたあの高揚感は、今も忘れられない。

19世紀後半、そのロンドン・ヴィクトリア駅の開業後まもなく、大英帝国がその富を投じて建造し、同じくヴィクトリア女王の名を冠した駅が、ムンバイにある。ヴィクトリア・ターミナス駅(現チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅)がそれだ。このヴィクトリア駅の前に今こうして立っているのは、ゴア行きのチケットの予約ステータスを確認するという理由もさることながら、イギリス滞在時代を思い出させるその駅名に惹かれたからでもあった。そしてもちろん、ヴィクトリア駅が『インド夜想曲』の舞台となっているからでもあった。

knsg_091220a.jpg

世界遺産に登録されているだけあって、ビクトリア駅の壮麗さは、間違いなくロンドンのそれをはるかにしのいでいる。駅から遠く離れないと全容を視野に収めることができない。このあきれるほどの威容を「植民地支配の悪しき象徴」と唾棄するのもひとつの見識ではあるが、こんな歴史ある建物が現役で利用されていること自体、ぼくには単純にうらやましくも思える。もっとも、そのせいでこの駅はタージマハルホテルと同様、2008年に起きたテロの悲劇の舞台となってしまった。

駅舎の構内に足を踏み入れる。とたんに、喧噪と混沌に包まれる。外観はイギリスだが、内部はまぎれもなくインドそのもので、やはりここはインドなのだ、こうでなくては、うんうん、などとよくわからない感想が込みあげてきた。

食堂でイドゥリを食べた後、鉄道休息室を探すことにした。別に休みたいからではなくて、冒頭に引用した『インド夜想曲』中の会話は、鉄道休息室で交わされたものだからだ。まずは、いちばん端のプラットフォームから調べていく。次はチケット売り場の周辺。見つからない。一体どこにあるのだろう。あちこち歩き回り、最後に残ったのが、一番奥の、業務用の荷物が雑然と積み上げられた、旅行者が近づきそうもない一画だけだった。こんな場所にあるわけないだろう。疑念を抱きながらも奥へと進んでいくと、それはあった。入口に「Waiting Room」とある。小説に出てくる休息室は、おそらく、ここだ。中をのぞいてみたかったが、チケットを所持している乗客しか入れないらしい。いつまでも入口でうろうろしていては怪しまれそうだったので、写真を素早く撮って立ち去ることにした。

knsg_091220c.jpg

「マーヤーってなんだい」
「この世の仮の姿です」少年は答えた「でもそれは幻影に過ぎないのです。
大事なのは、アトマンだけです」
(中略)
それじゃ、アトマンってなんだ」
ぼくの無智に少年はにっこした。「The soul. 個人のたましいです」

ムンバイのヴィクトリア駅を発った『インド夜想曲』の主人公は、南インドの旅の途中、あなたはマーヤーに過ぎないと占い師の少年に指摘され、自分のアトマン(=アートマン、真我)を見つけようと、最終的にゴアにたどり着く。そのゴアに、ぼくは今夜向かうつもりでいたが、日本を発つ前に予約しておいたゴア行きの寝台がキャンセル待ちステータスなのが気がかりだった。出発当日になればキャンセルが出てチケットを取れるかもしれない。それを窓口で直接確かめるというのが、この駅にきた理由のひとつだった。

「キャンセル待ち。ステータスに変わりはありません。……いや、あなたの今の順番ではどうやっても乗れません」
いざとなったら窓口でごねれば何とかしてくるのでは、なんて考えていたのだが、甘すぎ
たようだ。

途方にくれていると、不意に、男に声をかけられた。列車のチケットが取れなかったのかい? それはそうだろう。本数が少ない上、ムンバイは大都市だからね。行き先は? ゴアかい。それならバスで行けばいい。出発は今夜? 大丈夫、空きはあるよ。オフィスに案内するからついてきな、すぐそこだから。

夜行列車という期待していた移動手段が泡と消えた今となっては、この男についていくほかなかった。この際なんでもいい。今夜、自分をゴアまで運んでくれるものがあるならば。

「これに入って旅をしているのではないでしょうか」僕は言った。
~(中略)~
「肉体のことです」僕がこたえた。「鞄みたいなものではないでしょうか。
われわれは自分で自分を運んでいるといった」

knsg_091220d.jpg

先頭に戻る
コピーはできません。