■尾仲浩二写真展「DRAGONFLY」
心からこぼれ落ちようとしていた旅の記憶が、突然、フラッシュバックのように目の前に心象風景として浮かび上がってくる。
サロマ湖から沖縄大神島まで、日本の各地への旅で撮られた写真。名所旧跡はどこにも現れない。誰もがいつかどこかで出会い、ふと気にはなったものの、そのまま通り過ぎていったなにげない家並みや路地。久しぶりに引っ張り出した旅のアルバムをいくらめくっても、どこにも収められていない「旅のすきま」の光景。けれども、そんな何の変哲もない光景こそ、時を経るにつれてなつかしく感じられてくるもの。尾仲浩二さんの写真は、遠い記憶から消え去ろうとしているそうしたイメージを意識の表層に浮かび上がらせてくれる。だからこそ、無性にせつなく、いとおしく、なつかしい。そして、旅心を強く揺さぶる。
会場である「ギャラリー冬青」は、新中野駅から徒歩数分の、平凡な住宅街の一角にあって、尾仲さんの写真にぴったりという感じ。7月の渡部さとるさんの写真展「traverse」に足を運べなかったので、これが初訪問。訪れたのはちょっと前の平日午後だったが、客はぼく1人だけ。ゆっくり見て回っていると、素敵な女性がお茶を出してくれた。それを飲み干すという名目ができたのを幸いに、テーブルに置かれていた「DRAGONFLY」と「GRASSHOPPER」を拝見させてもらう。それぞれ、巻末に撮影地が列挙されているのだけど、本編の写真に負けず劣らず、この地名リストは誘惑的。実際に行ってみたくなる。
帰りは教えてもらった近道を通って、中野駅へ。ここいらはまだまだよさげな路地が残っている。最後に駅前にあるカメラ屋をのぞこうと思ったのだけど、散財の誘惑に勝てそうになかったので、脇目もふらずに東西線に駆け込んだのだった。
■齋藤亮一写真展「INDIA 下町劇場」
コルカタ、ムンバイ、ジョードプル、チェンナイなど、インド十都市の下町に渦巻くエネルギーを肌で感じ取れる写真展。
入場したとたん、あらゆる物と音と色がごちゃごちゃと交錯するあの独特の混沌に放り込まれる。最初は茫然自失し、続いて高揚感と浮遊感の波が襲ってきて、全身を「ぞくぞく」と「ざわざわ」が駆けめぐる。インドやモロッコ、イエメンの路地に吸い寄せられるように入り込んだときに湧き上がる「あの感覚」が蘇ってくる。
そんな混沌の渦からひときわ鮮烈に浮き上がり、目の間前に迫ってくるのが、赤と青。薄暗い店内を覆うやや緑がかった青。ジョードプルの美しい青壁。サリーの青、スカートの青、リキシャのシートの赤、ガネージャの赤、マネキンの赤。バケツの赤…。現れては消えていく赤と青に目を奪われ、幻惑される。またしても「あの感覚」。
しかし、そんな色、音、人の洪水や酔うような浮遊感の波におぼれることなく遊泳していく齋藤さんは、特別な何かを感じた瞬間を逃さずとらえ、そのときの想いを写真に預けて素直に伝えている。見事さにため息が出ると同時に、「あーそういうことなのか」と核心に触れたような気がした。ぼくが旅先の路地で撮りたいと思っていた写真が、確かに並んでいたからだ。どうやったらここまで踏み込んで撮ることができるのかはわからないけれど、有益なヒントはもらったような気がした。今日が最終日だったのだが、駆け込みで足を運んでよかった。