ゴアでホーリー(2)

knsg_100227a.jpg

ホーリーで色粉まみれになっているのは、なにも人間だけではない。通りを歩いていると、サイケに染まった牛がもの静かにたたずんでいるではないか。発見したとたん、一目散に駆け寄る。以前の記事でカミングアウトしたように「こぶ牛萌え」であるぼくとしては、この色粉こぶ牛は見逃せない。
真っ白な肌にかけられた色粉がひときわ鮮やかに映る。顔や背にはこれまた色彩豊かな装飾品までまとっている。そこいらの野良ウシとは違うぞという風格が漂う。これまで旅の途上でいろいろな牛に萌えてきたけれど、このサイケな牛を目の前にした奇妙な胸の高鳴りはなんだろう。初めての経験。萌え度ランキングなら間違いなくトップ3入りのこぶ牛だ。

こんなに着飾った牛はほかに見かけなかったので、きっと特別な牛に違いない。そういえば、と思い出した。白牛はヒンズーの神々のなかでもインド人に最も崇拝されているシヴァ神の乗り物であり、ナンディと呼ばれる聖牛であることを。見回せば、他の牛は茶や黒ばかり。堂々とした態度も、鮮やかな装飾も、この深い悟りの表情も、ナンディゆえなのだろう。
にしても、萌える。

knsg_100227b.jpg

ゴアでホーリー(1)

暦の上では立春が過ぎて10日あまりたったというのに、東京ではどんよりした底冷えの厳しい日が続いている。夜明け前がいちばん暗いように、冬の終わりがいちばん寒いとするなら、この冷雨と寒さは春の訪れの兆しなのかもしれない。あと少しの辛抱と言い聞かせ、南インドで買ったマサラ入りのチャイで身体を温めている。

中国では先週末から春節(旧正月)が始まり、新しい春を盛大に祝っているが、インドにも、春の訪れを祝うお祭りがある。一般にホーリーと呼ばれている。ヒンズーのお祭りである。日本では節分に豆をまくけれど、ホーリーでは目にも鮮やかな色水、色粉をぶっかけ合う。このときばかりはカーストのしばりから解放されて無礼講となるので、たまっていたうっぷん晴らしも手伝って、地域によって、特に北インドではきわめて興奮度、熱狂度の高いお祭りになる。とりわけ、旅行者が多く集まるバラナシなどでは外国人が格好のターゲットにされ、身に危険が及ぶことさえあるらしい。

knsg_100214f.jpg
市場で売っている鮮やかな色粉

ホーリーの日は年によって違う。昨年は、3月11日がホーリーだった。ちょうどその直前、ぼくはゴアに滞在していた。そして迷っていた。このままゴアでホーリーを迎えようか、あるいはもっと南の静かな場所に逃避しようかと。南インドのホーリーは北よりもずっと控えめだと聞いてはいたのだが、バラナシ同様、ゴアも旅行者の多い場所であるのが心配の種だった。一方、インド最大のお祭りに巡り会うなんてまたとないチャンスであり、見逃すのはあまりにも惜しいとも考えていた。また、ホーリーにあわせてゴアのビーチでは大がかりなレイブも開かれるかもしれない。期待が心配に勝って、結局、ホーリーの日までゴアに滞在することに決めた。

念のため、ホーリーの前日、滞在していた宿をきりもりしている、親切で愛嬌のある女性に聞いてみることにした。明日ってホーリーだよね? 「そう、ホーリーよ。あちこちで色粉かけられるわよ~。気をつけなさい。危ないから、カメラと財布は部屋に置いていくようにね」。ぴしゃりと注意されてしまった、うーむ。せっかくの彼女のアドバイスだけど、見るだけじゃなく、絶対に写真を撮りたい。が、顔だけならともかく、カメラが色粉・色水まみれになったら悲劇だ……。まあでも、カメラ4台体制で旅しているのもこんなときのためなのだし、1台ダメになっても、いい写真が撮れれば本望だ。カメラを持って突撃する覚悟を決めたのであった。

knsg_100214d.jpg
この程度の色粉なら可愛いのだけど

そしてホーリー当日、朝食を済ませると、MZ-3とGX100をバッグにしのばせて、色粉だらけになっても大丈夫な格好でアンジュナビーチへと出撃。おそるおそるビーチに着くと、いきなり現地の男子数人に囲まれる。こればやばい。と思った瞬間、男の子のひとりが進み出てこう言った。
「ドネーションをいくらかちょうだい。そうしたらこれを顔につけてあげるから」
と、色粉がついた指をぼくに向かって差し出した。

てっきり容赦なく色粉をぶつけられると覚悟していたので、その言葉は意外だった。しかしドネーションって一体なんなのだろう。寄付という名目での単なるお小遣い稼ぎのような気もするけど。まあ、ホーリーなのだから細かい詮索はなしにしよう。いくらかのドネーションをあげて、額にちょっとだけ色粉をつけてもらう。

knsg_100214a.jpg
PENTAX MZ-3, FA43mm Limited, FUJI RVP100

最前線は突破した。それほど激しいホーリーじゃなさそうだ。とはいえ、油断は禁物。戦場ではその一瞬の気のゆるみが命取りになるのである。
敵陣深く、ビーチの中心へと進んでいくにつれ、顔中サイケな色粉なだらけの犠牲者を多数目撃。とはいっても、やられたというより、喜んでいるような、あっけらかんとした表情。欧米人ってこの手のお祭りが大好きだから、集中砲火を浴びてもまったくひるまない。タフだ、奴らは。

knsg_100214b.jpg

そんな陽気な欧米人を何人も眺めているうちに、いつの間にかぼくも無防備状態になっていた。ビーチを外れた小道を歩いていると、突然、後ろから何者かの手がぼくの顔に。むがっ。テレビ番組で、突然パイを顔になすりつけられるシーンがあるけれど、まさにあんな衝撃。やられた~、無念。

鏡がないので顔の状態はわからないけれど、色粉だらけにちがいない。肩から腕にかけても、赤や青のサイケ調に。え! ってことは、もしかして……!? 手に持っていたカメラにおそるおそる目をやると、あー、ぼくのペンタちゃんが~~。

knsg_100214c.jpg

なんと、色粉がMZ-3に降りかかっているではないか。いや、でもこのサイケ色ペンタもなかなかいいではないか。それにカメラに傷の二つや三つあってこそ、本物の戦場カメラマンというものだ。なんてうそぶいていたのも一瞬だけで、もちろん急いで拭き取ったのであった。ホーリーの前は、1台ダメになっても、なんて威勢のいいことを言っていたけど、長年の相棒がこうなってしまうとあわててしまう。幸いカメラの動作に影響はなさそうだが、とりあえず一時退却。体制を整え直して再突撃を狙う。

先頭に戻る
コピーはできません。