以下は、「インド夜想曲の舞台を追って(1)」の続きです。
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眺めるだけにとどめたタージマハルホテルを後にした。静かな路地を数分ほど歩くと、人通りの激しい表通りに出た。左に折れると、お目当ての店はすぐに見つかった。レオポルドカフェ(Leopold cafe)。先ほど目を通したガイドブックの紹介記事によれば、ムンバイに逗留する旅行者なら一度は立ち寄るという有名なカフェだという。
店頭には巨大な広告看板が掲げられていて外観はぱっとしない。店内に入ってみると、雰囲気は一変した。広々した空間の中で、たくさんの旅行者たちが思い思いに食べ、飲み、談笑している。内装にも一見の価値があった。柱と壁の褪せ具合や模様、飾られた数々の画に、時代と共に歩んできた長い歴史が刻み込まれているのを感じ取ることができる。
テーブルにつくと、もう一度ガイドブックで確認してみる。創業は1871年だという。あのタージマハルホテルより歴史が古いのだ。とはいえ、とっつきにくさはまったく感じられず、むしろパックパッカーたちによる気取らないにぎわいに満ちている。「旅人のけだるいたまり場」といった雰囲気を、天井でやる気なさげに回るファンがさりげなく演出している。タージマハルホテルに無理して入らなくてよかった。ここで食事をとる方がよっぽど居心地がよさそうだ。
注文したエビカレーとマンゴージュースが置かれる。この旅で初めて食べる本場のカレー。辛いけど、おいしい。ボリューム満点なのがうれしい。
ウェイターの態度も素晴らしかった。食事が済むと、料理はどうでしたか、お気に召しましたか、と、混んでいるにもかかわらず丁寧に聞きにきてくれた。いい気分で店を出ると、次の『インド夜想曲』の舞台を訪ねることにした。
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これは帰国後に知ったことなのだけど、タージマハルホテルと同様、このレオポルドカフェも、昨年11月のテロの犠牲になった。外国人が集まる店というだけでテロリストの襲撃を受け、店員を含む数名の命が奪われたのだ。が、その悲劇からほんの数日後、オーナーは営業の再開を決意する。テロには決して屈しないという姿勢を見せるために。そのとき、店内にはまだ手榴弾や銃弾の跡が生々しく残っていたという。
この事実と、そのことを帰国後初めて知ったことに対して、複雑な気持ちが込みあげた。訪れる前に知っていればよかった。知って訪れたからといって何ができたというわけでもないのだけれど、知っていればこそ考えさせられることもあったに違いない……。ただ言えるのは、ぼくがテロの痕跡に気がつかないくらいに店は元の活気を取り戻し、再び旅行者でにぎわうようになっていたということ。ぼくもその一人として旅の合間のひとときを楽しめたということ。おそらく、それこそ店が心から望んでいることだろうし、「テロには屈しない」というオーナーの姿勢にも暗に応えたことになったのだろう。
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帰国後さらに思ったことがひとつあって、話が俗っぽくなるのだけど、それは、上の写真の「レオポルドカフェ」ロゴ入りグラス、あれ、欲しかったなあ、ということ(笑) その場で欲しいと言えば売ってくれたかもしれない、などと今になって思う。あのときは緊張と高揚が抜けない旅の初日ゆえそんなこと思いつく余裕もなくて、結局再びこの店に行くこともなく、その夜ゴアへと南下したのであった。
かくして、この「レオポルドカフェグラス」は、「欲しかったあのグラス」ランキングのトップスリーにめでたくランクインされることとあいなった。ちなみに、トップスリーの残りの二つは、ラオスで出会ったビアラオグラス(下の写真左)と、香港で出会った「義順牛奶公司」ジョッキ(写真右)である。この三つ、いま目の前に並んでいたならどんなに素晴らしいだろう……。
参考リンク
「ムンバイの名物レストラン「レオ」が営業再開」
「カフェ・レオポルド、テロに屈せず営業を再開」