イエメン:サナアからジブラへ

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PENTAX MZ-3, FA50/1.4, FUJI RVP F ノートリミング

居心地がよかったタージタルハホテルの309号室。この部屋からの眺めとも今日でお別れ。

イエメン滞在6日目となった今日、最古の摩天楼サナアを発つことにした。アラビア海を目指して一路南へと下るつもりだ。今日の目的地は、そのちょうど中間点に当たる古都ジブラ。この町に直行する手段はないようなので、最寄りの町イブに向かう乗り合いタクシーを探してみよう。ホテルを後にすると、バーバルヤマンの近くにあるというターミナルに向かった。

乗り込んだのは、見事なまでに使い込まれたプジョーだった。使い込まれた、というのはいささか上品な表現だろうか。ボロボロ、ガタガタ、ヘタヘタ、とにかくポンコツである。内装という内装は贅肉としていっさいそぎ落とされ、骨と皮しか残されていない。ドアロックもむき出しの針金だけだ。ハンドル周りも心許ない。メーターの針はぴくりとも動かない。このくらい徹底してくれると、不安を通り越して逆に楽しくなってしまう。2人分の料金を払って助手席を独り占めしたので、ゆとりもあるし、車窓だって楽しめる。イエメンの乗り合いは初体験だけど、まあまあ快適ではないか。そう言ってられるのも今のうちだけかもしれないが。最前列にぼくとドライバーの2名、後部の二列のシートに8名、合計10名を詰め込んだオンボロのプジョーは、乾いた空気と大地の中を、今のところは順調に飛ばしている。

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GR DIGITAL

単調なドライブに欠かせないのが音楽だろう。こんなボロ車なのに、カセットプレーヤーだけは比較的新しい製品が取り付けられている。イスラム圏のバスや乗り合いタクシーのドライバーにとって、音楽とガソリンはほぼ等しい価値を有しているのでないか、と思うことがこれまでも多々あった。ガソリンは車を動かすもの、音楽は自分を動かすもの。だから、カセットプレーヤーは絶対に故障してはいけない。

ラオス旅行記でも引き合いに出した村上春樹の『辺境・近境』の「メキシコ大旅行」の中に、メキシコのバスのカーステレオは絶対に死なない、たとえなにが起きようと運転手はそれを生かしておくのだ、といった記述がある。これは何もメキシコに限った話じゃなくて、イスラムの国にも当てはまる。骨と皮だけの車内で異彩を放っているプレーヤーは、それを見事に物語っていた。

そんな考察をさらに裏付けるかのように、隣で運転している男は、ダッシュボードからミュージックテープを取り出すと、キスするように口元に近づけ、かと思うと次はコツコツと指ではじいてから、うやうやしくカセットデッキに挿入する。その一連の動作は、音楽に対する感謝の表れのようにも見えるのだった。と同時に、まるで道中の無事をこのテープ一本に託すおまじないのようにもとれて、ぼくの不安(もしくは楽しみ)を増幅させるのに十分であった。実際、さきほどから何度も道端に停車してはボンネットを開けて様子を見たりしていて、先行きの不安と楽しみをさらにあおってくれるのだった。

そんな調子で何時間か揺られていると、やがて峠が現れて道路がうねうねした下り道に変わった。今まで登った様子もないのに、一方的な下り道である。いよいよ高地からアラビア海に向かって高度を下げつつあるのだろう。車窓をのぞくと、下方に棚田が見え隠れしている。イエメンで初めて目にする本格的な棚田。ちょうどそのとき、またまたプジョーは道端に停車した。写真でも撮れと気を利かせてくれたのかと一瞬うれしくなったのだが、そうではなく、車のエンジンを点検するためだった。この間に眼下の棚田を写真に収めよう。外に出ようとするが、針金だけのドアロックがなかなか言うことを聞いてくれず、ドアがどうしても開かない。解除を試みているうちに点検は終わり、ドライバーが戻ってきてしまった。すぐに出発だ。その後も棚田は何度も現れたが、このとき停車した場所からの眺めがいちばん素晴らしかった。シャッターチャンスよ、さようなら……。

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ドアが開かなかったので窓からGRDを突き出して

峠が終わり、さらに走ると、大きな町に近づいた気配がフロントガラスの向こうから漂ってきた。もうすぐイブかもしれない。突然、タクシーはローターリーで停止した。「ここで降りてくれ」とドライバー。なんでこんなところで。みな渋々といった表情で降りる。ドライバーはやってきた別のタクシーを合図で止めたかと思うと、降ろしたばかりの乗客の何名かを促して乗せている。その料金はドライバー自身が払っているところを見ると、自分の車の具合が悪くてイブまでは行けないから、乗り換え輸送に切り替えたということらしい。おまじないの効果もとうとうここで尽きたか。

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最後にぼくも、やってきた乗り合いのミニバンに乗せてもらった。ここいら近郊を走る乗り合いだろう、簡単に乗り降りできるように後部ドアは開けっ放しである。ちょうどその開けっ放しの隣のシートに座ったぼくは、バッグと自分自身がドアから落ちないよう必死に手すりにしがみつく羽目に陥った。さっきのオンボロタクシーといい、この開けっ放しミニバンといい、なかなかにスリリングで、いっこうに退屈させてくれない。それはいいのだが、このままの姿勢ではつらすぎる。早く町に着いてくれ。そう思っていると、開け放たれたドアの向こうに丘が現れた。古い家々やモスクがへばりつくように立ち並んでいる。あれがイブだろうか。大きな町と言えばサナアしか知らなかったぼくの目に、丘上のイブの町並みは新鮮に映っていた。

到着したイブでタクシーを乗り換え、ようやくジブラへ。ワディ(枯れ川)を渡ったところにある集落に宿を見つけ、旅装を解いた。近くの食堂で、パン、トマトと卵の炒め物にありつき、ようやく空腹を満たすと、素晴らしいと評判の旧市街を訪れることにした。

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6件のコメント

  1. あづま川
    2007年12月25日

    >眞紀さん
    オンボロのタクシー。全開の窓からは乾いた風と土埃が容赦なく顔に当たり、
    わけのわからないメロディーが永遠とリピートされる。
    これが旅だなあって思いながら書きました。
    その文句はすらりと出たのだけど、なにかの本の一節かなあ。どうだろう。

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  2. 三谷眞紀
    2007年12月25日

    久しぶりに、「そうそう!」とにやにやしてしまう旅行記でした。
    タクシーのボロさと、音楽と。
    >ガソリンは車を動かすもの、音楽は自分を動かすもの。
    これ、あづま川さんが作ったの?
    今回は写真以上に、旅へ引き込む文でTKOってとこです。

    返信
  3. あづま川
    2007年12月20日

    >ヒョウちゃん
    ヤンゴンは日本の中古車だらけですよね。
    イエメンでも日本語の広告付きの中古車がたくさん走ってました。
    しかしどれも左ハンドル。そんなに簡単に改造できるのだろうかと不思議です。
    メキシコのオーディオはやっぱり死なないのですね。
    実際に確かめに行きたいです。そのうち。

    返信
  4. ヒョウちゃん
    2007年12月19日

    連続投稿、失礼します。
    骨と皮だけのクルマ、まさにぴったりの表現ですよね。
    ヤンゴンで、運転と関係ない部品がほとんどダッシュボードに放り込んであった日本車のポンコツに乗ったことがあるんですが、それに比べりゃ、あづま川さんが乗ったプジョーのほうがすさまじいです。
    メキシコのおんぼろバス、カンペチェ郊外のエズナー遺跡に行くとき、乗り込みましたが、春樹氏の記述どおり、オーディオだけは新品でした。

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  5. あづま川
    2007年12月19日

    >puchioさん
    峠の棚田はなかなか素晴らしかったですよね。
    ここでは撮れなかったけど、タイズの山では
    見事な棚田を撮れました。
    そうか、Hディさんと行ったんだっけ。
    彼は今どんな仕事をしているのだろうか・・・。

    返信
  6. puchio
    2007年12月18日

    わぁ~、棚田の風景、ジブラ、懐かしい~。
    私の運転手さんはHディさんだったんで、棚田はばっちり
    撮りましたよ。(笑)

    返信

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