ポルトガル人の末裔が住むという地区がマラッカの片隅にあることを旅立つ直前に知ったとき、
ここは必ず訪ねてみようと思った。「夕陽を眺める」と並んで、「大航海時代の面影を追う」
というのが、マラッカでの目的らしい目的だったからだ。
旧市街の路地を探索し、海南鶏飯を食べ終えたのは午後2時過ぎ。そのポルトガル居住区を
訪れることにした。最も暑く、陽射しの強い時間帯だ。町の中心、オランダ広場まで歩いた
ところで、これ以上自分の足で進む気力は失せ、タクシーをつかまえた。
「もうすぐ着きますよ。でもねぇ、こんな真っ昼間に来ても面白くもなんともありませんよ。
夜になればフードセンターはにぎわうのですけどね。そうそう、タクシーは1台も待っていませんから、
帰りはずっと向こうの大通りまで歩いてバスを捕まえるといいですよ」
タクシーが去ると、そこはぼく一人だけだった。
ドライバーが教えてくれたとおり、目の前にはフードセンターがあり、ポルトガルの首都の名を冠した
レストランを見つけることができたが、昼下がりの今は人の気配とてない。
反対側の、民家が並んでいる方を目指して歩きだす。
おそらく、あそこがポルトガル地区だ。
陽射しがあまりにも強烈だ。幻惑と目眩の感覚。
実際にたどり着いてみると、ポルトガル居住区と言われているその場所は、郊外の他の地区と
さほど変わりのない、いたって普通の住宅街のように見えた。確かに、家の造りや手入れの
行き届いた庭、柵、装飾などに南欧風、カトリック的な要素は見受けられる。が、それもよくよく
観察すればのことであって、ここがポルトガル地区だと知らなければ、さしたる関心も払わずに
通り過ぎてしまっていたに違いない。
しばらく歩き回ってみたが、強く目を惹きつけられるようなポルトガル的なものは見つからなか
った。期待していただけに、失望は否めなかった。
そして、この午後の暑さとまばゆさ。
さっきタクシーを降りた広場まで戻って、リスボンとかいうあの眠っているようなレストランで
ゆっくりビールでも飲もう。そっちのほうがポルトガルの雰囲気を味わえるかもしれない。
この誘惑には勝てそうになかった。が、あともう少しだけと思い直し、路地を反対の方向に
歩いてみることにした。
住宅がまばらになり、わずかな木陰も消えた。南国の太陽が、いよいよ容赦なく全身に
降りかかってくる。
やっぱり、レストランだ。ビール、ビール。そう思いかけたそのとき、遠くに、ある存在を認めた。
まばゆい陽光と真っ白な雲の下、ゆるやかに、くっきりと描かれる弧。
幻惑か。それとも目眩のせいか。
足取りが自然と軽くなった。